その週の土曜日の15時過ぎ、その機器は届いた。
思っていたより小さく、メール便での配送だった。
晴れてはいるがやはり今日も寒い。
借りていたDVDを返しに行ったついでに、値下げ中の牛丼屋で遅めの昼飯を取って帰ってきたところでポストに入っているそれを見つけた。
送り主は熱量銀行、住所は…鳥取県だった。先日の雪のニュースにもあったように、寒い地域での需要があるからだろうか。
熱の出し入れなんてことが本当にできるのであればという話だが。
つけっぱなしだったこたつに潜り込み、緩衝シート内蔵の封筒を開ける。
スマホの充電コードにイヤホンのような機器が接続されていて、耳に引っ掛けるタイプのイヤホンのようになっている。コードの途中には音量調節のようなプラスマイナスが描かれた部品が付いている。何に使うのだろうか。
添付の説明書にはQRコードが載っていた。アクセスし、ブックマークするよう書かれている。
QRコードを読み取りアクセスすると、自分の名前(口座と同一のものを入力するよう注意書きがあった)とパスワードとして数字4ケタを入力するようになっていた。
パスワードか…ちょっと考え、実家の猫のゴロウから0560と設定した。猫、寒がり、熱という連想から忘れないだろうと思ったのだ。
入力すると、マイページだという萌黄色の画面が表れた。
残熱照会
お預け入れ
ご使用
表示されている項目はシンプルだった。『残熱照会』を試しにタップしてみる。
現在お預け頂いている熱量はございません
なるほどそれもそうだ。
『お預け入れ』を開いてみる。
ディグリードを接続してください
ディグリード?ああ、あれのことか、と例のイヤホンみたいなものをスマホに繋ぎ、説明書の図のように耳にそのディグリードとやらをかける。左右はどちらでもいいようだ。
読み取り中の表示が5秒程続いた後であろうか、ページが切り替わった。
現在の体感は基準値より低いためお預かりできません
確かにこたつに入って暖をとっている時点で熱に余裕などない。
よく見ると「基準値の設定:27℃」となっている。この部屋はこたつの外で考えたら10℃くらいだろうか。足は暖かいものの、肩や背中は確かに快適とは言えない。
預けるにはまず暑さを感じる状態になる必要があるのか。
「久々にスーパー銭湯でも行くか」
この機器を手にしてもなおまだ疑わしさを拭いきれなかったが、風呂に浸かるいい口実になった。
ここまで手の込んだ詐欺があったとしたら面白い。むしろギリギリまで乗ってやろうじゃないか。ああ、でももしかしたら。
「モニタリングだったりして」
タオルなどの風呂セットをまとめるべく、スイッチを切ってこたつから這い出た。
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これは2011年に書いたものですが、当時からQRコードって普及してたんだなーと、時間の経過の早さを感じました。
当時通勤電車が各駅停車で50分くらい乗りっぱなしという暇暇な状況だったので、こんなことをしていました。
あれこれ空想するのがけっこう楽しかったです(笑)
もうちょっとだけお付き合いください。